この文章はThe Duelist#5に掲載されていたものを独自に翻訳したものであり、 翻訳許可をとっていません。 この文書の取り扱いは十分にご注意下さい。 また、訳の間違いもある可能性があります。それらをふまえてお楽しみ下さい。(訳者) 翻訳には鴨屋 真)さん、米村*ぱお*薫さん 小澤 Crouton 索郎さんにご協力を頂きました。 Feast of Kjeld by John Tynes キイェルドの祝祭(後編) -アイスエイジ異聞- by ジョン・タイネス  ディーサは、自分のベルトからメイスを引き抜いた。  その後ろで、コールビーヨーンがささやくようにぼそぼそ言い始めた。ケイサは まだ彼の側にいた。  ディーサは一歩踏み出して、襲い来るものの頭へメイスを振るった。アンデッドの 兵士は大声でうめき、倒れた。  ハルヴォアが騎士達を手伝おうとしたが、その前に2体のものが立ちふさがった。  彼は宙に素早く手を動かし、その軌跡の形に沿って、日光のような輝きが残った。 その軌跡は固まって、一瞬のうちにディスクとして実体化した。  つかんで、突き出したそれがアンデッドに触れたとき、兵士の肉は溶け、そして その骨はバラバラになった。  ディスクと兵士は消えて無くなった。  アヴラム・ガリースンは教会の入口に立って、冷静に注意深く乱闘を見守っていた。  祭壇の近くで、コールビーヨーンはぼそぼそ言い続けていた。死者のいずれもまだ、 彼とケイサには近寄ってきてはいなかった。  ルシルデとクラジーナは敵から敵へと渡り歩き、刃を交わした。  両人は、キイェルドーで最も熟練した騎士たちだった。騎士たちは激しく戦い、 死者どもが石のようにその周りに倒れ伏した。  だが、騎士はたったの二人だけだった。そして、死者の方がはるかに多い。一人の 兵士が倒れたら、すぐにもう一人が前へ出てくる。  そのうえ、教会の中にはい登ろうと、他のものたちがわめき、ひっかきながら、 窓の下枠に押し迫っていた。  さらにもっと多くのものが、家々に火を付けながら、外の通りを歩き回っていた。  ルシルデとクラジーナは、自分たちの大義が失われたことを悟った。  あまりにも多くの死者がそこにあった。村を襲うには簡単なほど、そしておそらく、 クロヴの街を襲うのに十分なほどの死者が。  数刻のうちに、二人とも疲れ果ててしまうだろうが、その敵は決してそうではない。 リム=ドゥールの軍勢は彼らを殺し、そして夜が明けたときには、彼女らは再び立ち 上がり、そしてアンデッドの仲間になっていることだろう。  クラジーナがルシルデの注意を引いた。  彼女の目は悲しげだった。氷と死と後悔にあふれるこの世界より、もっと良い世界を 望むまなざしだった。  クラジーナの目に希望はなかった。ルシルデとて、それを与えることなどできよう はずもなかった。  彼女達は絶望した。 「ケイサ!」ハルヴォアが叫んだ。「こっちに来なさい!」  死に物狂いで手招きをしたその時、彼は少女の唇が動いているのに気がついた。  彼女の目に燃える何かに戸惑いながらも、ハルヴォアは彼女が何と言ったのかを 理解しようとした。そして、それを理解した。  命はぬくもりなり…  平和は癒しなり…  守りは力…  フレイアリーズのかいなの中に…  フレイアリーズは全て  全ては一つ  沈む月  昇る陽  太陽は命なり…  水は平和…  氷は守り…  フレイアリーズのかいなの中に…  フレイアリーズは全て  全ては一つ  沈む月  昇る陽  コールビーヨーンの詠唱はいっそう大きくなった。それはキイェルドの祝福を 変えずに言葉を混ぜ変えたものだったが、しかし、それが本当の言葉、フレイアリーズ の祝福だった。永い間、エルフとドルイドたちによって唱えられてきた力ある言葉だった。  ケイサは、ハルヴォアが思ったのよりも大きな声で、彼と共に詠唱していた。  ハルヴォアは、少女の目に宿る力と冷静さに驚かされた。  彼らの近くへ死者を寄せつけまいと奮闘するなかで、ディーサと騎士たちは かろうじてその詠唱に気付いた。彼女らは激しく戦っていたが、それだけ急激に疲れて いっていた。  突然、死者どもがその前進を止めた。  騎士たちは次にくる攻撃のために身構えた。しかし、リム=ドゥールの軍勢はその まま動かなくなっていた。  クラジーナは敵のリーダーの姿を探した。そして、まだドアの近くにいるアヴラムを 見つけた。それが聞こえているかのように、彼は顔の向きを少し変えていた。  憎悪と恐れが、彼の顔をゆがめていた。  その時、彼女と他の者たちはそれを聞き取ったのだった。嵐のうなる音、死せるもの のうなり声をかき消し、激しく、周りを囲む咆哮を。  それを聞くにつれて、うなりは女性の叫び声に、次に女性の歌になった。それは、 フレイアリーズの歌だった。  ディーサは生命と力の注入を感じ、うなじの毛は逆立った。  足の疲れは取れ、体が軽くなった。彼女は、歓喜と、生きる力に満ち溢れていた。 彼女は、笑みを浮かべている自分の仲間にも、同じ力を見てとった。  その向こうでは、死者どもが苦しみもだえていた。  うごめく死体の中に流れ込んだ生命は、リム=ドゥールが従属を要求する以前、 かつて自分たちが何者であったのかを思い出させ、死者どもに痛みと苦しみをもたらした。  本来の機能を失った静脈を通して勢いよく流れると、生命の力と美しさの、驚嘆に 値する力に耐えることができず、死者どもはうめき、そして倒れた。  歌はピークに達して、そして消えていった。  一同は、無数の死体で囲まれた教会に立っていた。 - 3 -  夜明けが、新しいアンデッドではなく、ただ平和と温暖だけをもたらした。嵐は すでに去り、明るい光がさしこみ始めていた。  コールビーヨーンとケイサは、教会の中で、座ってパンを食べていた。  彼らは、亡者たちの運命に対してまったく興味がないかのように、そしてなにもかも 万事うまくいくであろうことを確信しているように見えた。  その代わりに、他の人たちが理解も、そして注意を払いもしなかったことについて、 静かに話をしながら朝を過ごしていた。  ハルヴォアと騎士たちが入ってきた。 「ミッケル村の人々は全員死んでいます」ハルヴォアは言った。泣きはらした目は 赤かった。 「まるで行進のときに突然眠りにおちたかのように、皆、通りで横たわっていました」  クラジーナが咳をした。 「少なくとも、彼らは夜明けの光のなかでは、再び立ち上がりはしませんでした。 私たちは、皆にそれにふさわしい埋葬をしてあげましょう」 「私たちは墓穴を堀り始めるべきでしょうね」ルシルデが言った。「大勢の分が、 必要でしょうから」  彼女とクラジーナは振り向いて外に向かった。  ケイサの髪を撫でながら、コールビーヨーンは、女騎士たちが出て行くのを見送って いた。 「フレイアリーズを称えよ。  女神様は、向かうべき運命からわれわれをお救いくださった」  ハルヴォアが、ゆっくりとうなずいた。 「わたし、森に行きます」ケイサは言った。 「それは、きみの選んだ道なのかい? ケイサ?」ハルヴォアが尋ねた。「それに納得 したのかい?」  ケイサはうなずいた。 「緑の女神は、わたしのお母さんだから」  ハルヴォアはため息をついた。 「私は、目の当たりにした奇跡に異議をはさむこともしないし、きみの選んだ道の邪魔 をすることもしないよ。  コールビーヨーン、ケイサをフィンドホーンに伴って行ってください」  コールビーヨーンが司祭を見上げた。 「その理解に達したことは素晴らしいことだ。  私たちは、同じ目的に対して共に働いているのだよ。よいかな?…つまり、生命の 保存とその祝賀を」  ハルヴォアは静かにほほえんだ。 「私たちは昨日は、祝うべきことが何もありませんでした。けれども、今日は良き日 ですよ」  彼は、ドルイドとドルイドになるべき少女に、もっと多くのパンを取って来るために 台所へと歩いて行った。  朝の陽光にあふれる窓から外を見ていたディーサが、コールビーヨーンの隣に座った。 「ねえ、コールビーヨーン。 あたしがいない間、淋しかった?あたしは一度も話した ことはなかったけど」 「すべての生命の重みは同等なのだよ、ディーサ。きみのような厄介な、そして生意気 な命だってな。  彼女は不満そうに、彼に向かって首を傾げた。  コールビーヨーンは、ほんのわずか、笑ったようだった。 「わかったよ。 おそらく、きみのような命は特別だからな、せかせか者さん」  ディーサは彼の手を取り、そして自分の手で包み込んだ。 「あたしだって、いつもいつも落ち着きがないわけじゃないのよ、あなた。すぐには 無理だけど…自分の家に帰って来るわ。必ずね」  ルシルデとクラジーナは、教会の外で死体を調べていた。 「私たちは確かに勝利を勝ち取ったわ、キイェルドよ、感謝します」ルシルデが言い、 そのあと眉をひそめた。 「そう、フレイアリーズにも。ああ、他の誰でもいいわ」 「私もよ」考えにふけりながらクラジーナが返した。 「でも、リム=ドゥールはまだ多くの軍隊を指揮している。戦争はまだまだ続くわ」  ルシルデはかぶりを振った。 「戦争は後回しにできるわ、クラジーナ。まずは、みんなを葬ってあげなくちゃ」  彼女は通りを、シャベルを探して下って行った。  クラジーナは仲間が歩いていくのを見ながら、しばらくの間そこに立っていた。 彼女はまた死体に目を移し、そしてまた、眉をひそめた。  昨夜から今朝にかけて、自分たちは教会と、村中の家々を捜索したのに。いまだに、 探している死体は見つかっていない。  アヴラム・ガリースンはいったいどこに行ったのだろう? (了)  アイスエイジ、それは文字通り冬の時代である。命あるものの生き残りを賭けた 戦いは、まだこれからも続くのだ。  自らの道を見出したケイサ。 彼女が上座ドルイドとなり、この氷の時代に 終止符を打つのは、まだ先の話であり、それはまた、別の機会で語られることだろう。  To be Continued "Eternal Ice"  小説「エターナル・アイス」に続く… -謝辞- この短編ほか、アイスエイジに関する資料は鴨屋 真 氏に資料を提供して頂きました。また、翻訳のアドバイスも協力して 頂きました。ありがとうございました。 また、お忙しい中、アドバイスを下さった米村*ぱお*薫氏と 小澤 Crouton 索郎氏、翻訳ノートについてご意見を 下さった風梨玲穏氏にも感謝致します。